大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)889号 判決

上告人

森武治

右訴訟代理人

増沢照久

被上告人

鈴木アイ

外二名

右三名訴訟代理人

石井幸一

主文

原判決中第一審判決添付物件目録記載(一)ないし(四)の建物に関する上告人敗訴部分を破棄し、右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

右破棄部分を除くその余の上告人敗訴部分に関する本件上告を却下する。

前項に関する上告費用は、上告人の負担とする。

理由

上告代理人増沢照久の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照し、正当として是認しえないものではなく、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について。

原審は、(一)被上告人鈴木興人は、昭和三六年七月二九日被上告人鈴木アイを連帯保証人として訴外川崎市商工信用組合から一〇〇万円を利息日歩四銭、最終弁済期昭和三八年七月二九日の約定で借り受け、その際、右被上告人両名は、右消費貸借債務を担保するため、川崎商工との間で被上告人アイ所有の本件(一)建物(第一審判決添付物件目録記載(一)の建物)及び被上告人興人所有の本件(二)ないし(四)建物(同目録記載(二)ないし(四)の建物)について抵当権を設定するとともに、弁済期日に債務の履行を遅滞したときは弁済に代えて右各建物の所有権を移転する旨の代物弁済予約を締結し、抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、(二)被上告人興人、同アイは、利息の支払を怠つたため弁済期限の利益を失つて直ちに債務全額の弁済をしなければならなくなり、昭和三八年二月七日川崎商工から分割弁済の承認を得て上告人の援助融資により債務元利金の一部を支払つたが、再び履行を遅滞したため、川崎商工から右分割弁済の承認を取り消され、川崎商工は、同年八月一六日、同年七月三〇日以降における貸金残債権は元本残額四二万二〇四一円及びその完済までの遅延損害金であるとして、被上告人興人に対し支払の催告をしたうえ、被上告人アイに対し有体動産差押の強制執行を、次いで本件(一)建物につき任意競売の申立をしたこと、(三)被上告人興人、同アイは、当時事業の失敗、病気等による生活逼迫のため、右債務の全額一時弁済が困難であつたところから、同年八月二七日川崎商工を相手方として債務支払方法協定の調停の申立をし、強行執行及び任意競売手続の各停止決定を得たこと、(四)ところが、川崎商工は、債務の回収を急ぎ、右調停事件係属中の昭和三九年三月ころ上告人に対して本件貸金残債権四九万六三一三円の譲渡を申し入れ、上告人は、かねて右のような事情を知りながら、僅かな金額で本件(一)ないし(四)建物を取得する目的で、同月五日川崎商工から右債権をこれと同額の代金額により右建物についての抵当権、代物弁済予約権等とともに譲り受け、抵当権移転及び仮登記移転の附記登記を経由し、さらに被上告人興人、同アイに対して、川崎商工から同月二五日付書面をもつて債権譲渡の通知を、他方、上告人から翌二六日付書面をもつて本件(一)ないし(四)建物の所有権を代物弁済として取得する旨の意思表示をし、右書面はいずれもそのころ被上告人両名に到達し、上告人は本件(二)ないし(四)建物について同月二六日代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由したこと、(五)代物弁済予約完結当時における本件(一)ないし(四)建物並びにその敷地の借地権の価額の合計は、少くとも七八六万円を下回るものではなかつたことの諸事実を認定したうえ、以上の事実によれば、上告人は、被上告人興人、同アイが窮乏状態にあり、苦境の打開策として被上告人らから申し立てた調停事件が現に係属中であることを知りながら、本件(一)ないし(四)建物を自己の手中に収める目的で、川崎商工から本件貸金残債権四九万六三一三円を譲り受け、右譲受債権の代物弁済として、少くともその約一五倍の価値のある本件(一)ないし(四)建物並びにその敷地の借地権を取得しようとしたものであつて、上告人のかかる行為は、他人の窮迫に乗じて正常な取引通念に照らして著しく均衡を失した価値を取得する暴利行為として民法九〇条に反する無効な法律行為というべきであると判示しているのである。

しかしながら、債権者が、金銭債権の満足を確保するために、債務者との間にその所有の不動産につき、代物弁済の予約により、債務の不履行があつたときは債権者において右不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨を約し、かつ、所有権移転請求権保全の仮登記をするという法手段がとられる場合においては、かかる仮登記担保契約を締結する趣旨は、債権者が目的不動産の所有権を取得すること自体にあるのではなく、当該不動産の有する金銭的価値の実現によつて自己の債権の排他的満足を得ることにあるのであるから、債権者は、債務者に履行遅滞があつたときは、仮登記担保契約に基づき、予約完結の意思を表示し、原則として当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめる帰属清算の方法により、又は特別の事情があるときは相当の価格で第三者に売却等をする処分清算の方法により、目的不動産を換価し、その換価金から自己の債権の弁済を得るとともに、換価額が右債権の額を超えるときは、超過額を清算金として債務者に交付する義務を負い(なお、帰属清算の場合は、債務者は、清算金の支払があるまで本登記手続義務の履行を拒むことができる。)、その反面、債務者は、右清算金の支払時期である換価処分の時までは債務の全額(換価に要した相当費用額を含む。)を弁済して仮登記担保契約に基づく債権者の権利(以下仮登記担保権という。)を消滅させ、その目的不動産の完全な所有権を回復することができると解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決参照)、右のように、仮登記担保契約において、予約完結権を行使した仮登記担保権者が債務者に対して清算金の支払義務を負担し、かつ、換価処分の時までは債務者に目的不動産の取戻権が認められる結果、原則として清算金支払義務の現実の履行が確保される以上、仮登記担保権者が債権額と目的不動産の価額との較差により著しく均衡を失した価値を取得する余地はないものというべきであるから、他に特段の事情のないかぎり、仮登記担保契約がいわゆる暴利行為にあたるとして民法九〇条に違反すると解することは、相当でない。そして、第三者が、仮登記担保権者から、その債権とともに仮登記担保権の譲渡を受け、その実行手続の一環として予約完結権を行使した場合であつても、譲受人は、譲渡人である仮登記担保権者と法律上同一の地位に立つものにすぎないのであるから、譲受人による仮登記担保権者の実行が暴利行為に該当するかどうかの判断にあたつても、前述のところと理を異にするものではない。

これを本件についてみるに、前記原審の確定した事実によれば、川崎商工と被上告人興人、同アイとの間における本件(一)ないし(四)建物についての代物弁済予約の趣旨は、前記の内容の仮登記担保契約と推認すべきものであり、上告人は、川崎商工から被上告人興人、同アイに対する債権とともに右仮登記担保権を譲り受け、その実行手続の一環として予約完結権を行使したものであるから、上告人は、債権額と本件(一)ないし(四)建物の換価額との差額について清算金の支払義務を免れず、その反面、被上告人興人、同アイは、換価処分の時までは右建物の取戻権を失わないと解せられるのであり、原審の認定する諸事情をもつてしては、いまだ前述の特段の事情の存在を認めるに足りないといわざるをえない。そうすると、川崎商工から本件(一)ないし(四)建物についての仮登記担保権の譲渡を受けて予約完結権を行使した上告人の行為が著しく均衡を失した価値を取得する暴利行為として民法九〇条に違反するとした原審の判断は、同条の規定の適用を誤り、ひいて理由不備の違法をおかしたものであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は、この点において理由がある。

なお、上告人は、原判決中本件(五)ないし(七)建物(第一審判決添付物件目録記載(五)ないし(七)の建物)に関する上告人敗訴部分については、上告の理由を記載した書面を提出しない。

よつて、原判決中、本件(一)ないし(四)建物に関する上告人敗訴部分を破棄し、右破棄部分についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし本件(五)ないし(七)建物に関する上告人敗訴部分に対する上告を却下することとし、民訴法四〇七条一項、三九九条ノ三、三九九条、三九八条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸盛一 藤林益三 下田武三 岸上康夫 団藤重光)

上告代理人増沢照久の上告理由

第一点 〈省留〉

第二点 原判決は民法第九〇条の解釈を誤つたか又は審理不尽か理由不備の違法がある。

(一) 原判決は上告人が川崎商工より、川崎商工が被上告人鈴木興人、同アイに対して有する債権等を譲受けた行為を暴利行為で無効であるとして、「上叙認定の諸事情を綜合して考察するときは、控訴人は、被控訴人興人及び被控訴人アイが当時資金に窮して川崎商工に対する本件貸金債務の返済資金の捻出に苦慮し、何とかして本件目的物件を維持保有するためには、控訴人らに融資方を懇願する等とせざるを得ないような窮乏状態にあり、他方、すこしでもそのような苦境を脱し得るような対策を講ずべく川崎商工を相手方とする債務支払方法協定の調停の申立をして現にその調停事件の係属中であることを知りながら、あえて、本件目的物件を自己の手中に収める目的で、川崎商工から本件貸金残債権金四九万六、三一三円をそれと同額の代金で譲渡けたうえ、同残債権金四九万六、三一三円の代物弁済として、すくなくとも、その約一五倍の金七八六万円の価値のある本件建物(一)ないし(四)並びにその敷地の賃借権を右被控訴人両名から取得せんとするものであつて、控訴人のかかる行為は、他人の窮迫に乗じて正当な取引観念に照らして著しく均衡を失した価値を取得する暴利行為として、民法第九〇条に反する無効な法律行為というべきである。」と説示している。

(二) しかしながら、右説示は次の諸点において誤りがあり失当である。

(1) 被上告人等は経済的に非常に窮迫していた如く説示しているが、之は誤りで、右被上告人等は第一審判決末尾添付の物件目録記載の如く七棟の建物を所有し、被上告人等は同目録(一)の建物に居住し(二)の建物は賃料二万八、〇〇〇円(三)の建物は賃料一万七、〇〇〇円(四)の建物は賃料一万一、〇〇〇円(五)の建物は賃料一万円(この建物を上告人は賃借していた)(六)の建物は賃料一万二、〇〇〇円(七)の建物は賃料七、〇〇〇円位で、それぞれ他に賃貸していたので、賃料収入のみでも毎月九万円前後の収入があつたので、そう窮乏状態にあつたのではない。

(2) 上告人は被上告人等が調停の申立をしていたということは全く知らない。

(3) 上告人は右被上告人等に対し、前記第一点に記載した如く、同人等の詐欺的行為により、五二万円を代位弁済したのであり川崎商工が右被上告人等に対する債権の内五二万円については法律上当然に上告人に移転しており、同人等に対し同額の返還請求権を有し且つ実質的には代位による抵当権等も有する。右五二万円が貸金であるとすれば、その返還請求権を有すること勿論である。

ところで債権者である川崎商工は被上告人等に対する本件貸金の整理に迫られ、上告人に対し残債権をぜひ買つてくれとの申出を受けたので之を承諾したにすぎない。(この点は原判決も認めている。)決して、上告人より川崎商工に対して積極的に働きかけて債権譲渡を受けたのではない。整理を急いでいた川崎商工としては上告人がその申出に応じなければ、他の者に譲渡していた筈である。

(4) 上告人が右川崎商工の申出に応じたのは、前記五二万円の元利金を早急に回収する必要あり、担保物件の価値も抵当権等設定当時の債権額の三倍位の価値はあると思い、それ故譲受の際債権譲受の代金の他に、原判決も認めている如く有体動産差押や競売申立費用その他の費用の一部も負担したのである。

本件建物や借地権の価値が原判決認定の如き価値を有するものとは全く考えていなかつたし又被上告人等は前記の如く毎月九万円前後の収入が確実にあるので生計に窮迫しているということはあり得ないので、同人等の窮乏に乗じて暴利を得ようという意思は毛頭なかつたのである。

(5) 原判決は債権の譲受代金と目的物件の価値のみを比較して約一五倍であるので暴利行為だと認めているけれども、本件に関する限り、右両者の比較のみで決するのは妥当ではなく、前記五二万円の元利金及び右債権譲渡を受くるに際し川崎商工に支払つた諸費用をも加算して暴利行為の有無を決するのを相当と思料する。

(三) 前項記載の諸事情を総合するときは、上告人の本件債権譲受行為を暴利行為として無効とする前記原判決の説示は早計で失当というべきであり、これは民法第九〇条の解釈適用を誤つた違法があるか然らざれば審理不尽か理由不備の違法がある。仍つて原判決は破毀せられるべきであると信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例